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2007年 07月 21日
いつのまにか、目蒲線は目黒線と名前を変えて、ハイソな線の仲間入りをしたかのように振る舞っています。もう20年ほど前から10年間、この線をよく利用していた私にとってみたら、「ふん、しゃらくさい。昔はどっかのお下がり電車だったくせに」って感じです。きっと地元の方々もさぞかし浮き足立っているだろうと、確認のためのウォーキング、スタートです。 なんだか性格が悪いなあ、オレ(笑)。 目黒といったら「ホリプロ」です。百恵ちゃんが目黒の女子高に通ったのも、ホリプロが目黒にあったからなんだなあと、東京に出て来て納得しました。って古い話ですが。 すぐに目黒川が流れています。川沿いを歩いて行くと、左手に目黒雅叙園が見えて、右手にはお城のような素敵な建物が。現在リニューアルオープン準備中の「お城」です(笑)。オレよく知らないんだけど、ここってその昔「目黒エンペラー」とか言われていたところ? 情報求む(いや、別にいいです)。 先日「目黄不動尊」というところに立ち寄ったので、今回は目黒不動尊に行ってみようというのが、もうひとつのテーマでありました。で、その前にこんな絵が掲げられているお寺に。蛸薬師(成就院)といって、最澄の高弟、慈覚大師円仁が、海上に蛸に乗って浮かんでいる薬師を見たのがきっかけで建てられたというお寺だそうです。 サイトで調べてみたら、ここの「絵馬」にも蛸が描かれていて、これでは絵馬じゃないじゃん、なんて思ってしまいましたが(笑)。 目黒不動尊です。不動明王についてはあまり詳しくない私ですが、この不動尊については、三代将軍家光のエピソードが有名です。 家光がこの地で鷹狩りををしたとき、鷹が行方不明になってしまい、家光はこの不動尊に赴き、祈願をしたそうです。すると、鷹が本堂前の松樹(鷹居の松)に飛び帰ってきて、家光はその威力に驚き、諸堂末寺等あわせて五十三棟に及ぶ大伽藍の復興を成し遂げたそうです。その伽藍は『目黒御殿』と称されるほど華麗だったのだとか。 私の場合、お参りもしないのにここで友人にばったり会ってしまい、大笑い。「なんでこんなところにいるの?」「そっちこそ、なんでこんなところに?」 考えてみたらその友人は西小山に住んでいるので、私のほうが「なんで?」状態ですね。撃沈。 三折坂という坂を上って行くと、こんな看板があります。これがウワサの目黒帰省中館。いや、寄生虫ですね(笑)。 入場料無料。これは入ってみるしかありません。案外小さいところですが、カップルでずいぶん賑わっています。 で、5分で退散。ダメです私、こんなリアルなものは。みんな悪趣味、いや、勇気があるなあ、って感じです。 いいかげん目黒通りを歩くのにも飽きたので、左に曲がってみるとこんな大きな公園が。「林試の森公園」というところです。緑が深く、スポーツする人、絵を描くご老人などで賑わっています。目黒区民のオアシスですね、って、あとでよくよく地図を見たら、この公園、半分は品川区みたいです。まあ、「都立」ですから関係ないか。 公園をぐるりと一周し、ちょっと歩くと武蔵小山商店街に着きます。日本一長い(?)商店街として有名ですが、どこの店も元気一杯、いっしょに元気をいただき、ひとつひとつの店を物色したい気持ちになります。昼間から焼き鳥(焼きトン?)を食べさせる立ち飲みの店に人だかりができています。その一員になりたかったのですが、我慢我慢。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 西小山に着きました。この街には何年か通ったので、とても懐かしい街です。駅前は変わったような、変わっていないような、微妙なところですが、電車がみんな地下にもぐってしまったためなのか、どこかしら私にとってよそよそしい感じがしたのがちょっと寂しかったです。 当時よく通った店を片っ端から写真に収めてきました。これでもごく一部。なくなっちゃった店もたくさんありました。ああ、時の流れよ、って感じですね。 (ここの店、全部知っている、そして行ったことがある、という方、お友達になりましょう、というより、すでにお友達かも?) で、ここでウォーキングは終わり、なのですが、お茶を飲んだり、ご飯を食べたりしながらですが、西小山から上に上に歩いて行って、学芸大、三軒茶屋、下北沢となんと歩いて帰宅しました。すごい歩数! 乗りに乗ってる、ウォーキング・ジャンキーの私、です(笑)。 #
by kenkoyochy
| 2007-07-21 00:20
| ウォーキング
2007年 07月 10日
日暮里は繊維の街なんだそうです。知りませんでした。駄菓子の街とか聞いたことがあるんだけど、あれは西日暮里なのかな、なんて歩いていたのですが、まあ、今回はここが目的地ではありません。この駅から山手線の内側には、有名な谷中霊園、谷中銀座なんてのがありますが、外側にはなにがある? と思いながらウォーキング、スタートです。 なるほど繊維の街だけあって、こんな素敵なお店が……ってこれはイレギュラー(笑)。生地を売る店や、とてもリーズナブルな衣料品店がわんさかわんさか。なかなかのにぎわいです。それにしてもここ、うーん、入ってみたいけど入っちゃいけないような店です。入ったら二度と出てこられないような(笑)。 にぎわっていたのは衣料品店があるあたりだけで、すぐに静かな通りになっていました。日曜日だからなあ。EDWINの会社を通り過ぎてしばらく行くと、こんな石碑が。 童謡「夕焼け小焼け」の作詞者、中村雨紅を記念して建てられた「塔」なのだそうです。 「夕焼け小焼け」は、彼が第三日暮里尋常小学校の教師だった頃に作られた歌だそうですが、「山の お寺の 鐘が鳴る」なんて詞は、ここらあたりのことを言っていないような気がします。山もないし。 中村雨虹は多摩の生まれだということですから、これは子どもの頃の思い出を詞にしたのでしょう、きっと。 静かな住宅地をずっと歩き続け、飽きたなあと思った頃に大きな通りに出ました。ほっ。地下鉄の三ノ輪駅近くにこんなものがある小さなお寺が。 「目黄不動尊」と書いてあります。目黒ならぬ「めきふどうそん」です。 実はここ、「江戸五色不動」のひとつとして知られている場所なんだそうです。三代将軍家光が寛永寺創建で知られる天海大僧正の具申により、江戸府内の名ある不動尊にそれぞれ色をつけたのだそうです。 それにしても、五色? 目黒と目白はわかりましたが、目青と目赤はいずこ?? またまたずっと通りを歩いて行くと、「泪橋」という文字が書かれている交差点に出ます。知る人ぞ知る、「あしたのジョー」の出身地。私は村松友視の小説で名前を知っていたのですが(中身は全然覚えていませんが。失敬)、橋という名がついているのに橋はありません。 その昔、ここには水路があって、実際に橋が架けられていたそうです。で、橋の向こうはいわゆる処刑場で、この橋の上で今生の別をしていたのですね。で、こんな名前がつけられているようです。 いまではそんな面影すらありませんが、心を澄ませていると、当時この橋の上で、さめざめと涙を流していた人たちの泣き声が、風といっしょに聞こえてくるような気がします。 いや、しないか。 このあたりは、別名「山谷」と言われている場所でもあります。日曜日とあって、あまり人通りはありませんでしたが、一泊1,000円とか書かれているチープな宿、立ち飲み屋みたいなところでたむろしているおっちゃんたちが、昼間から飲んだくれている姿を見ることができました。 おっちゃんたち、競輪と競艇のテレビを見ながら一喜一憂しているご様子。まったくもう、懲りない人たちです。いや、人のことは言えないのですがね(苦笑)。 東京ガスの整圧所を恐い恐いと思いながら通り過ぎ(あまりにもでっかくて、これが爆発したらどうなるんだろうなんて考えちゃったのでした)、白髭橋に到着です。 川沿いを、さわやかにウォーキングしようと歩き始めたのですが、ところどころに青いビニールシートでできた簡易ハウスが点在していて、上半身裸のおっちゃんたちがうろうろしています。あんまりさわやかではないなあと思い直し、川沿いウォーキングは断念です。 またまた川はないのに、こんな橋がありました。どうもここは江戸時代、隅田川から水を引いていて、それは「吉原」まで続く水路として使われていたようです。 こういう遊びは当時とても贅沢で、いわゆる「おだいじん」遊びだったそうです。しかし、現在はこのあたり、荷物を抱えながらとことん眠りこけるホームレス風の方のたまり場だったりして、当時との落差に、しみじみとせざるを得ません。 浅草寺を裏から入ると、ほうずきを搬入するトラックでごったがえしています。ああ、ほうずき市がはじまるのですね。一鉢2,500円ほど。うーん、ウォーキング中だし、食えないし(笑)、で断念。 それにしても私、ここのところ浅草でウォーキング終わり、というパターンが多いようです。すべての道は浅草に通ず、と言いますしね。いや言わないか。 おまいりして、帰りましょう。 #
by kenkoyochy
| 2007-07-10 23:42
| ウォーキング
2007年 06月 24日
千駄木で行われている、画家の友人の個展に行ったついでに、さあ、ウォーキングです。って私、一昨年にもこんなウォーキングをしていましたが、前回は千駄木から根津、本郷へと続くウォーキング。今回は違うルートで、行けるところまで行っちゃおうと鼻息を荒くして……。 その前に「菊見せんべい」のお煎餅を購入です(笑)。 スタンダードで、真面目なお煎餅。ひっきりなしにお客さんがやってきます。 坂の上に団子屋があったからつけられたとか、悪路のために、転がるとそれこそ団子のようになって転がるところからつけられたとか、いろいろな名前の由来がある「団子坂」をてくてく上って行くと、森鴎外の記念資料室があります。このあたりに住んでいたのですね。小さな資料室ですが、なかなか貴重な資料がたくさんありました。入場料は無料。おすすめです。 どうもこのあたりはお寺が密集していて、さながら「お寺銀座」といった感じです。ここは駒込とはずいぶん距離があるような気がするのですが、駒込大観音、なのですね。 地下鉄の白山駅を横切ってずんずん歩いて行き、遥か先に後楽園が見える白山通りも、なんの迷いもなく横切って行きます。そう、このあたりは私の会社に近く、あまり新鮮味がないのですね(笑)。 またまた素敵な坂道があり、なんという名前なのかと調べてみたら、御殿坂あるいは「富士見坂」というそうです。江戸時代の五代将軍綱吉が、将軍就任以前にこのあたりの御殿に住んでいたらしいのですが、富士見坂というからには、きっとこのあたりから富士山が望めたのでしょう。 東京にはたくさんの「富士見坂」があります。そのうち、それらについても言及しなくてはなりません。 で、綱吉の御殿があったところが、時代が変わって、東京大学の持ち物である「小石川植物園」になったようです。中に入って見物したかったのですが、残念ながらもう閉園時間。恨めし気に外から写真を撮りました。 しばらく道なりに歩いて行くと、「播磨坂」というところにたどり着きます。ちょっとハイソなお店が建ち並んでいます。下町から始まったウォーキングですが、ここらあたりは歩いている方々の感じも違いますね。いわゆる「お受験」の街です。 以前テレビでも紹介していたケーキ屋さんもあり、指をくわえて通り過ぎました。 お茶の水女子大学や拓殖大学がある「茗荷谷」です。その名の通り、このあたり一帯で茗荷が栽培されていたようです。 またまた坂道をてくてく上って行き、一番高台と思われるあたりに立ってみると、文京シビックセンターがとても「低く」望むことができます。「小日向」という地名ですが、永井荷風の小説の中にも登場してくるようです。永井荷風は、このあたりの小学校に通っていたようですね。 江戸川橋あたりで左に曲がると、地蔵通り商店街というところがあります。「シャッター街」となった商店街が多い中、この商店街はなかなかの活気です。明るいイメージづくりを演出するため、街ぐるみで力を合わせて盛り上げているような感じがします。 やっぱり、頭を使わないといけないのですね。 ここでもお煎餅屋さんを発見!「サクラヤ」という店ですが、黒胡椒のついた薄焼き煎餅、「わざとこわれせんべい」が美味でしたよ。 ずっと歩いていると高田馬場辺りに着くのかなあと思っていたのですが、道がゆるやかなカーブになっていて、なんだか悪い予感がしてきました。で、見覚えのある景色と私のホームグラウンド、「神楽坂駅」が目の前に。あれーっ? どうして? 軌道修正するのも疲れ果て、地図片手にコーヒーショップで反省中。まあ、よく歩いたからよしとするか。 #
by kenkoyochy
| 2007-06-24 21:46
| ウォーキング
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